スライミングの放言御免

エロの伝道師ザビエールデース

~バカの頂~ 2020年ダーウィン賞翻訳

日本人が初のダーウィン賞受賞という事で、選考記事を翻訳してみました。

 

 

 

~バカの頂~

2020年ダーウィン賞受賞
寄稿者:James G. Petropoulos


結局、寒さは彼の死因ではないのだ。


(2019/10/28,日本にて)

 

 「手がかじかむ……けど配信しなきゃ」
47才のテツはそう視聴者につぶやきながら、滑りよろめき、雪で覆われた須走ルートを進んでいた。「カイロ持ってくればよかった」と後悔したのち、彼はこう言った。「あ、滑る!」


 東京から西に63マイル(約100km)、象徴的な山である富士山は、日本三霊山の一つに数えられており、標高12,389フィート(3,776m)の山頂は巡礼者や登山者、観光客などが訪れる。
 登山者のために山小屋が置かれ利用できるようになっている夏の短いシーズンでさえ、登山は寒くて滑りやすい。冬季閉鎖中には山小屋も閉鎖され、山の状況はまぎれもなく敵対的で、人を寄せ付けない。冬の登山者には、しっかりした道具、登山経験、そして常識のブースターパックが必要だ。

 

 哀しきかな、テツには、その全てが欠けていた。

 

 10月の東京で着るような服を着て、トレッキングポールしか持たず、スマホをつけながら、テツは須走ルートを登り(ちなみに、須走ルートは下山ルートである)、『雪の富士山へGO』という配信を始めた。想像するに、彼は雪の富士山を、スキー場やモミの木農園のように安全だと考えていたのだろう。視聴者は、彼の幸せな富士小旅行を見始めた。しかし、霊峰は雪に包まれている。視聴者はテツの、「指がかじかむ」だの「カイロ足りなすぎ」だのという弱音をさんざん聴かされた。視聴者はきっと、テツが後悔してると感じただろう。

 

 これは、テツが引き返して、“無名配信者”に戻るのにとても良いタイミングだった。つまりは最後のチャンスだったのだ。だが彼は登り続け――視聴者の期待を裏切りたくないという思いがそうさせたのだろうか――より遠くへ、切迫した危険へと足を踏み入れていった。


 霜だらけの手袋でトレッキングポールとスマホを持ち、「配信を続けなきゃ」とコメ返しをしていたテツはまさに、“優先順位の見当違い”の典型だった。視聴者は、テツの昇る道が狭くなって、柵もなくなり、崖に近付きすぎていることを完全に把握していた。テツはもう、回帰不能点を過ぎてしまった。視聴者ができることはもう何もない。感じている不安を無視して配信を見続けるか、彼が無傷で登頂できることに賭けるしかなくなったのである。

 

 テツはようやく「ここは滑る」と気付いた。「岩、岩を使っていこう。なかなか危ない……」視聴者には、彼が柵の先の足場が緩いところに入っていく時、アイゼンが氷に刺さる音が聴こえていただろうか?そんなわけはなかった。彼はアイゼンを持っていなかった。


 そこの傾斜は、誰でもわかるが、30度もあった。危険な道のりを実況しながら進み続ける最中、テツは「転ばないように」と自分に言い聞かせていた。視聴者の中には、彼がどういう状況にあるかを考えて苦笑いをしていた者もいるだろう。彼は履き慣れない靴でつまずいたり、「これ道あってんのかな」と自問自答したりしていた。視聴者はもう、彼が間違えていることなど百も承知だった。

 

 冬の素人登山者としてはとしては驚くほど山頂ギリギリまで登った所で、テツは最後に「あ、滑る!」という、あっけない最後の言葉を発した。経験豊富な登山家は、「もし滑落したら、手遅れになる前に助かるチャンスはただ1回しかない」と言う。テツはスマホを捨て、ポールを地面に突き刺すのか……?


 テツはそうしなかった。その場ではスマホがテツより賢いモノだったという事がすぐ明らかになった。テツはニコ生配信を続けながら、雪が積もった斜面を滑落していった。視聴者は、テツが足をばたつかせる光景と、ポールが吹き飛んでいく光景を見ていた。


 数秒後、空中にポールが投げ出された映像で配信は止まった。

 

 視聴者はすぐ警察に通報した。47歳のテツの遺体は翌日、9,800フィート(2,987m地点)、滑落地点から1000m離れた場所で発見された。ほんの少し準備が足りなかったために、英雄は永遠に失われたのだ。


 ちゃんとした手袋とアイゼン、そしてそこここにもっと知恵を振りまいていれば、テツは富士山での配信を成功させていただろう。そして彼は、その経験を糧にあと47年生きていられたかもしれない。あの配信は、テツの表現を借りると「心がかじかむほどの怯え」を感じさせるかもしれないが、結局、寒さが彼を殺したのではなかったのだ!

 

「かじかむ手、かじかむ知能。」

寄稿者:James.G.oulos

 

 

翻訳元:https://darwinawards.com/darwin/darwin2020-01.html

 

 

翻訳元の記述に誤りがあることは把握していましたが、原文を尊重してそのままに訳しました。

ただし、このダーウィン賞説明文にはいくつかの誤りがある。まず、頂上まであとわずかの地点で滑落したと書かれているが、実際には吉田口・須走口下山の頂上には到達しており、その後、御鉢巡りで最高峰のヶ峰へ向かう途中、成就岳の横を抜けて伊豆岳付近で滑落している。つまり、富士登山としては事頂上までは到着している。

また、スマホを手に持って撮影しながら配信していたように書かれているが、実際にはスマホはポケットに入っており、アクションカメラで撮影をしながら配信をしていたため、滑落時にスマホを手に持っていたわけではない。

ニコニコ大百科「ニコ生富士山滑落事故」[ダーウィン賞]より引用<https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%8B%E3%82%B3%E7%94%9F%E4%B8%BB%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E5%B1%B1%E6%BB%91%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85>